2011 新潟水辺シンポジウム 開催レポート

「2011新潟水辺シンポジウム」は、「恵みの川、災害の川、エネルギーの川を考える」というテーマを掲げて、11月26日(土)13時15分より、新潟国際情報大学・新潟中央キャンパス9階講堂にて120名の参加者を得て開催されましたが、今回はUSTREAMを利用してインターネットで世界に向けて同時中継するとともに、Twitterで質問や意見を受けて会場で答えるという画期的な試みを行い、こちらでも計102名、最後まで視聴いただいた方が13名という状況で、参加を得ることができました。

大熊 孝 会長は開会挨拶で、次のように語りました。「新潟水辺の会が毎年開催してきた水辺シンポジウムですが、ここ数年は鮭を中心にして川を考えることでシンポジウムを進めてきました。今回は北海道大学の帰山先生においでいただいて『サケは海からの贈り物』と題する基調講演をお願いしていますが、その後のパネルディスカッションには、長野県からおいでの方々や地元の能代川の方にも加わっていただいて、シンポジウムを展開してゆきますので、よろしくお願いします。新潟水辺だより号外2号に、私たちが取り組んできた鮭の稚魚放流の成果が4年魚となって表れてきたこと(西大滝ダムの魚道で捕獲して上流に放流した鮭の数、21年2尾、22年3尾、今年35尾)が載っていますので、皆さんに確認いただいて進めていきたいと思います。」

シンポジウムは、報告、基調講演、パネルディスカッションの3部構成で進められましたが、報告では①第2回「信濃川・環境大河塾」参加報告(新潟大学大学院2年・渡辺 恭平さん、新潟大学理学部4年・浅田 実加さん)、②「80年前の依田川での鮭遡上の記憶を語る」(上田市・依田 安昌さん)、③「西大滝ダム魚道での鮭捕獲と放流」(長野県高水漁協・宮本 惣治さん)の三つの報告がおこなわれました。「信濃川・環境大河塾」の参加報告では、「魚道の無いダムもあって、ダムが自然の循環を断ち切る存在であること、発電所が電力の消費地とあまりにも離れていることを感じた。しかしダムや発電所を否定ばかりもできない。自然との共生をテーマに、行政、電力会社、そして電力消費者の意識改革が必要であることを痛感した。」という感想発表がありました。また、上田市の依田さんからは、80年前の依田川における鮭の産卵の様子がなつかしく語られ、メスの鮭が尾やヒレで石についた水アカを取り除いて産卵する情景や、一瞬に鮭の卵の黄色と精子の白色が混じる情景が、目に浮かぶようでした。

北海道大学教授・帰山 雅秀先生の基調講演「サケは海からの贈り物 ~川は海と陸をつなぐコリドー(回廊)~」の要旨は次のとおりです。

1.本日は、①サケの人類に対する貢献(食料としてだけではない)を、大きな視野で生態系サービスとして捉えること、②サケが帰ってくる川は、海洋資源と陸とをつなぐ重要なコリドー(回廊)であるということの、二つの切り口で話を進めたい。

2.サケの仲間は世界に8種あり、日本在来種は、シロザケ、カラフトマス、サクラマス、ベニザケの4種であるが、昔はベニザケをベニマスと呼んでいたので、和人がサケと呼んできたのはシロザケに限ったことであり、特別な存在であった。

3.サケ類が産卵のために川を遡上することで得られる生態系サービスには、①直接食料として利用する供給サービス、②海洋生態系の物質を陸上生態系に運ぶ支持サービス(物質循環)、③川や森の多様な生物が越冬用餌として利用する調整サービス(生物多様性)、④環境・情操教育および安らぎによる文化的サービスとしての貢献が考えられる。

4.海の栄養素(有機物質)を陸の生態系に運ぶ役割として、サケが果たす役割がとても大きいことが、調査・分析によって明らかになってきた。①サケ類を食べる機会の有無や割合によって、クマやワシなどの生き物の栄養レベルに大きな差があること(サケ類の卵や稚魚も、川の生き物の栄養になる。)、②サケ類の死体にハエ等が産卵・羽化して、海の有機物質を陸上に広範囲に運ぶこと、③川の氾濫によって、サケ類の死体は陸に上げられること、などを通してサケの体をつくった海の有機物質は山や森に運ばれてゆく。

5.水中に含まれるリン(P)の量が、水の生産力(栄養)を測る目安になるが、アラスカの湖で調べた結果では、この湖のリン(P)のうち、雨による分が5%、上流から流れ込んだ分が35%で、残りの60%がベニザケによって海から運ばれた分だと解った。

6.北海道の地元のこどもたちには、サケの生態を、①産卵の姿、②ワシが集まって食べられている姿、③稚魚となって下ってゆく姿、の3回に分けて見せ、「死が生を生み出す」ことを実感できる活きた教育の場としている。

7.ふるさとの川を守るには、①外来魚の問題と、②1970年までに進められた河川改修によって、全国の川が魚の住めない川になっているという問題がある。②に関しては、河川改修によるショートカット(細流を無くし真っ直ぐな川に)、川床低下(早く海に出す)、コンクリート化(瀬や淵の消滅)と、ダムによる循環の遮断などの問題がある。

8.水産資源としてのサケの量は30~40年で周期的な変動を繰り返すが、これは気候の変動によるところが大きく、冬の低気圧が強いとオホーツク海は嵐で撹拌され、深海の栄養物質が湧きあがって海の生き物を育むことや、左巻きのアリューシャン低気圧が南から暖気を呼び込んで水温を上げることが、サケの成育を早めると考えられている。近年の温暖化によるオホーツク海の表層温度の上昇は、1年目のシロザケの成育を早め、生残率を高めているものと考えられる。

9.野生のサケの遡上時期は、前期群と後期群の二つの山が形成されるが、孵化放流事業によるサケの増大によって、収益性という理由のために前期群の山しか形成されなくなっている。また、孵化放流事業によるサケは気候変動などの環境変化に弱いので、孵化放流事業の功罪も視野に入れて、自然産卵による野生のサケの一定量確保が必要だ。

10.まとめとして述べたいこと。(1)人類は未来も海洋生物資源を食料として利用してゆけるか・・・①私たちは生態系サービスの恩恵で生かされていることを認識し、自然の脅威を知らなければならない。②海洋生態系の環境収容力には限界があり、私たちは足るを知らなければならない。③水産業は経済学(Economy)のみならず、生態学(Ecology)を重視しなければならない。(2)海洋生態系と海洋生物資源を守ってゆくには教育が大切・・・①水産学から生態学的水産科学へのシフト。②次世代への食育(地産地消)。(3)持続可能な海洋生物資源保護管理を行っていくためには・・・リスク管理(順応的管理と予防原則)のすすめ。

パネルディスカッションには、パネリストとして①吉井 文夫さん(能代川サケ・マス増殖組合・組合長)、②森山 泰明さん(JR東日本・信濃川発電所業務改善事務所・課長)、③土屋 勝さん(長野県高水漁協・副組合長)、④高橋 大輔さん(長野大学・環境ツーリズム学部・准教授)の4人の方々が登壇し、それぞれの立場から次のような発言がありました。

①吉井 文夫さん・・・能代川水辺公園「サケの路」が完成した。サケの孵化放流を始めてからサケの捕獲数が増えて現在7,000尾くらいと捕れるようになったので、10,000尾は遡上しているものと思われる。(新潟水辺の会も発眼卵はここで調達している。)サケのつかみ捕り大会やサケ料理のレシピつくりで地域の人々に親しんでもらう工夫をしているが、一方で、自然産卵場所の整備にも力を入れている。

②森山 泰明さん・・・信濃川中流域水環境改善検討委員会の提言概要(21年3月)は、ア.最低限確保すべき河川水量(宮中ダム直下で40㎥/s)を下回らないこと、イ.魚道等の構造改善が行われるべきこと、の2点であったが、維持流量および最大取水量については5年間の試験放流(サケの遡上期には、100㎥/s、80㎥/s、60㎥/sを試験放流)を踏まえて検討することとした。現在宮中ダムの魚道構造の改善、サケの稚魚放流活動への協力、沿岸の森づくり活動、を行っているが、今後も開かれた発電所をめざし、ア.河川環境との調和、イ.地元地域との共生、に向けた取り組みを行ってゆきたい。

③土屋 勝さん・・・東京電力・信濃川発電所(西大滝ダム)の水利権更新許可(案)の概要は、最大取水量171.13㎥/s、取水制限流量20㎥/s、許可期間20年間というものであった。高水漁協では国に対して、更新期間20年を10年とすること、今回の維持流量は試験放流として5年後に検証の機会を設けること、の2点の陳情をおこなっていたが、国は本年9月21日に東電の申請通り許可した。流域の漁協は、水利権期間20年の短縮と放流量の増加、そして利害関係調整の機会が欲しいと願っている。一方で、高水漁協が直面している今一番の問題は、外来魚・ブラックバスと害鳥・川鵜の被害である。

④高橋 大輔さん・・・長野県の漁協の関心事はアユであって、サケに対する関心は薄い。長野県の人々に関心を持ってもらうには、アユを含めた回遊魚としてのアプローチが有効ではないかと思っている。いま上田までサケが遡ってくるようになって、私たち上流側にサケを迎える準備があるかということが気になっている。産卵場所の設置を含めた受け入れ準備が必要であり、料理も含めたサケの利用についても考えなければならない。サケの遡上は人に感動を与えるので、それを見る観光も考えられるだろう。また川への関心を高めるためには、まずこどもの関心を川に向ける取り組みから始めたい。こどもたちがサケの卵を孵化させ、稚魚を千曲川に放流する体験をしたなら、千曲川への理解を深めたと言えるのではないだろうか。千曲川・信濃川の上流と下流をつなげるためにも、回遊魚としてのサケをシンボルにして、こどもたちを川に呼び戻す環境教育を進めてゆきたい。

パネルディスカッションの最後に、帰山先生から次のようなコメントをいただきました。ダムの魚道という点のようなつながりであっても、今まで遡れなかったサケが遡れるようになったことを大事にしたい。サケの遡上に命の力強さや尊さを感じて感動するのは世界共通の感情であるようだ。私たちはそのような自然の命の代表としてサケを感じている。未来に向けた究極の取り組みが、こどもたちへの環境教育ということになるが、その一つの事例を述べてみたい。こどもたちが川で触って遊んだサケを、こどもたちに料理してもらおうという時に、今まで生きていたサケに包丁を立てられないと泣き出す子が出た。「いただきます」の概念は「あなたの命をいただいて、私を生きながらえさせていただききます」という心だと説いて、こどもたちとサケを料理して食べた。他の生き物の命をいただいて私たちは生きているということや、自然を壊しながら自己矛盾をかかえて生きているということを、こどもたちにも感じてほしいと思っている。

シンポジウムは16時40分に閉会となりました。(世話人:佐藤 哲郎)

 

 

 

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