大熊孝顧問関連のイベント情報(2016年2~3月)

当会の大熊 孝顧問が出演する催しのお知らせです。

文字ばかりですみません。

詳細は各催しのリンクにてご確認いただき、お申し込みは各自で行ってください。

【地域力フォーラムin新潟】
http://niigata-mizubenokai.org/2016/010510650.html

日時:2月13日(土)14:00~17:00(受付13:30から)
会場:クロスパルにいがた
参加費:フォーラム1000円、交流会5000円
主催:「かがり火」編集委員会 共催:NPO法人新潟水辺の会
14:05~15:00 基調講演 「かろうじて残された新潟の自然とまちづくり」
大熊 孝(新潟大学名誉教授、新潟市潟環境研究所・所長、ビュー福島潟名誉館長、NPO法人 新潟水辺の会顧問)
事例発表
1.「新潟にUターンIターンを進める取り組みについて」 株式会社ニイガタ移住計画 代表取締役 鈴木 博之さん
2.「自然栽培で持続可能な世界に貢献」  農業 宮尾 浩史さん
3.「あえて」  映画『阿賀に生きる』阿賀野川遡上計画 代表 平岩 史行さん
4.「田舎ですごす」 五泉ゲストハウス『五ろり』 主(あるじ) 齋藤 明さん
5.「とやの潟夢語り」  NPO法人 新潟水辺の会 代表 相楽 治
6.「社会貢献活動 (海岸清掃等) の報告」第一生命保険株式会社 新潟支社 副支社長  亜厂(あかり) 康雅さん
フォーラム終了後の交流会会場:喜ぐち(新潟市中央区古町通10番町)

【「潟」シンポジウム ~自然からのおくりもの~】
※満席となりましたので、お知らせだけです。ご注意下さい。
日時:2月20日(土)14:00~17:00
会場:新潟市民プラザ
参加無料
基調講演:『命を感じる暮らし』 講師 高木 美保 氏
パネルディスカッション「潟の記憶」を求めて ~潟の恵みと食文化と~ -新潟市潟環境研究所 研究成果報告-
コーディネーター
大熊 孝 氏(潟環境研究所 所長)
隅 杏奈 氏(潟環境研究所 研究員)
出演者
増井 勝弘 氏(鳥屋野潟漁業協同組合 組合長)
横山 愛子 氏(北区新鼻甲自治会 副会長)
加藤 功 氏(新潟映像制作ボランティア 副代表)
井上 信夫 氏(生物多様性保全ネットワーク新潟)
太田 和宏 氏(赤塚中学校地域教育コーディネーター)
コメンテーター
篠田 昭 氏(新潟市長)
https://www.city.niigata.lg.jp/kanko/bunka/mizutsuchibunkasozo/mizutsuchi-sympo.html

【連続市民フォーラム 第1回『命と豊かさー共に生きる未来へ―』】
■日時 2月27日(土) 午後1時30分~午後4時30分 (開場 午後1時)
■会場 ビュー福島潟6F展望ホール (定員100名)
(新潟市北区前新田乙493 電話:025-387-1491)
■主催:水と土の芸術祭市民サポーターズ会議
■共催:水と土の芸術祭 2015 実行委員会
■協力:新潟市潟環境研究所
■後援:NPO 法人 新潟水辺の会
■入場無料、参加申し込み不要
■内容 基調講演:ハナムラチカヒロ(大阪府立大学准教授/ アーティスト)
トークセッション:ハナムラチカヒロ(同上)
大熊孝(新潟大学名誉教授/ビュー福島潟名誉館長)
小川弘幸(水と土の芸術祭2015総合ディレクター)
https://www.nettam.jp/bbs/detail.php?no=15154

【雁と白鳥シンポジウム 鳥のくらしと水辺の環境】
日時:2月28日(日) 13時30分~16時30分
会場:水の駅「ビュー福島潟」6階展望ホール
主催:水の駅「ビュー福島潟」
発表者およびパネリスト
1.基調講演「鳥のくらしと水辺の環境」千葉 晃氏(新潟県野鳥愛護会 副会長 / 日本歯科大学 名誉教授)
2.今季の各地からの報告(瓢湖、福島潟、阿賀野川、鳥屋野潟、佐潟)
越後平野の潟や田んぼで暮らす雁と白鳥を見つめた今シーズンの生息数調査を振り返ります。
3.白鳥物語 紙芝居「わたると新潟」上映
4.「鳥のいる潟 潟にいる鳥」談義
大熊 孝(水の駅「 ビュー福島潟」名誉館長 /新潟大学 名誉教授)
千葉 晃時 (新潟県野鳥愛護会 副会長 /日本歯科大学 名誉教授)
岡田成弘民 (日 本野鳥の会新潟県 副会長 /新潟県水鳥湖沼ネ ッ トワーク副代表)
料 金 無料(要申込/入館料も無料)
申込み 電話で水の駅「ビュー福島潟」まで 電話:025(387)1491
http://www.pavc.ne.jp/~hishikui/event/event/Symposium/index.html

【三人委員会清里哲学塾】
開催日時:「前夜塾」平成 28 年 3 月 4 日 ( 金 ) 夕方から (ご希望者 )、「哲学塾」平成 28 年 3 月 5 日 ( 土 )~6 日 ( 日 )( 通しで参加できる方 )
開催場所:山梨県北杜市清里萌木の村及びその周辺
テーマ:「地域に積み重なる技、時空を超えた技」
主催 : 三人委員会哲学塾 / 三人委員会哲学塾全国ネットワーク
三人委員会:
内山 節(哲学者)
大熊 孝(新潟大学名誉教授、新潟市潟環境研究所所長、水の駅「ビュー福島潟」名誉館長、NPO法人新潟水辺の会顧問)
鬼頭 秀一(環境倫理学・科学技術 社会論専攻、星槎大学共生科学部教授、東京大学名誉教授)
プログラム、費用等は下記URLでご確認ください。
https://drive.google.com/file/d/0BwpGCF_bNxGtOVhVVzVxOFJyemc/view

魂が還りたがる時空間? -映画『阿賀に生きる』が問いかけるもの-

映画『阿賀に生きる』の佐藤真監督に私が初めて会ったのが1987年10月の「新潟の水辺を考える会」(2002年からNPO法人新潟水辺の会)立ち上げシンポジウムの時であり、『阿賀に生きる』製作委員会代表を引き受けたのが1989年1月のことであった。

 

その後、私は資金集めに奔走し、全国約1,500人から約3,000万円の寄付金を受け、約1,000万円を借金し、合計約4,000万円で、映画が完成したのが1992年4月のことであった。なお、その借金は、さまざまな映画賞をいただき、その賞金で完済することができた。

 

その後の映画の上映活動は、ほぼ収支プラスマイナス0というところであった。 それからすでに23年が経過しているが、いまだに私の肩書として、ありがたいことに『阿賀に生きる』製作委員会代表が通用している。これは映画『阿賀に生きる』がその後もずっと上映され、生き続けているからであろう。

 

その理由は何か? あの映画は、表面的に言うならば、自然と共生してきた人々の日常を描いたもので、自然と共生しているがゆえに新潟水俣病にならざろうをえなかった実態が描かれている。

 

しかし、観客を惹き付けてやまない本質は、「魂が還りたがっている時空間」が表現されているからではないかと、最近やっと考えるようになった。

 

「魂が帰りたがっている場所」という言葉には、内山節著「里の在処(ありか)」(新潮社、2001年5月)で15年も前に出会っていたが、遅ればせながら『阿賀に生きる』の時空間が、魂が還りたがっている「里」であることを、やっと認識できるようになったということである。

 

また、『阿賀に生きる』完成後、23年間にわたって阿賀野川沿いの安田公民館などで旗野秀人さんが中心となって追悼集会『阿賀の岸辺にて』が行われつづけているが、毎回100人以上の人々が、いわば「還って」きてくれている。ということは、追悼集会そのものも参加者にとって「魂が還りたがっている里」になっているということである。

 

実は、「魂が還りたがっている場所」ということを強く実感したのは、2014年10月3日から5日の三人委員会水俣哲学塾で水俣を訪ね、水俣病センター相思社の遠藤邦夫さんに茂堂を案内されたことにあった。

 

茂堂では、遠くに、矢筈岳(標高687m)が見え、沖に出ていった漁船は、この矢筈岳を目あてに帰ってくることになる。私は、なんと美しい景色かと、心の底から感じ入った。当然、ここに生まれ育った人々は、日常的に還ってくるところであるとともに、死んだ後も魂が還ってくるところでもあるに違いない。

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写真・遠くに矢筈岳が見える茂堂の景観

(大熊撮影:2014・10・3)

 

この茂道では、無尽蔵に魚が取れたが、漁村として成立したのは、水俣市の人口が増え、魚の売買が可能になった明治以降とのことである。それまでは、食べられるだけ獲れれば、それでこと足り、飢えるということはなかったという。

 

それは、阿賀野川でも同じであり、川の恵みはあまりに豊かで、それを基軸として食生活が営まれていた。無論、米への欲求もあったが、米だけに生活が支配されていたわけではなかった。

 

阿賀野川も不知火海も、そこにいるだけで、生存が保証され、継承・循環されていく「里」であったのである。生を終えた後でも、そこにずっと存在し続けたい場所であり、魂の安住の地、いわばユートピアであったのである。

 

日本には古くから、「山川草木悉皆(しっかい)仏性」という考え方がある。これは、山川草木、すなわち人間のみならず自然界のあらゆるものが仏になりうる、あるいはあらゆるものが仏の心をもっているという見方である。

 

この言葉は、鎌倉時代の初期に、法然や親鸞の浄土教的な仏教が普及するにつれて明確に言われるようになったが、この考え方は縄文時代から自然のあらゆるものに神が宿ると考えてきた思考の延長上にあり、われわれ日本人にとって違和感はなく、腑に落ちる考え方であったのではないかと思う。

 

ところが、人は人として生きているうちにどうしても汚れてしまう。われわれの命は他の多くの命をもらって生きながらえているのであり、根本的に「うしろめたい」存在である。多くの日本人は、それが救済されるには、山川草木悉皆仏性といわれる自然の世界に人が還っていくことが必要であると考えてきた。

 

その考え方の表れの一端が、食事をするときにそれらの命に感謝して「いただきます」という習慣になったといっていいだろう。

 

映画『阿賀に生きる』の中の登場人物たちは、その立ち振る舞いや言動に見られるように、その「うしろめたさ」を十分に自覚したうえで、誇り高く生きていたのであった。だからこそ、『阿賀に生きる』は「魂が還りたがる時空間」を形成しているのだと思う。

 

ところが、そこに近代が強引に入り込み、廃液を垂れ流し、安らかに無事な暮らしをしていた人々をほんとうの地獄に陥れたのであった。しかも、その近代の担い手たちは、未だにその「うしろめたさ」を意識せず、「山川草木悉皆仏性」の自然界を破壊し続け、人々を地獄に追いやり続けているのである。

 

それは、水俣病だけでなく、3・11の原発問題や、八ッ場ダムに象徴されるダム問題に如実に表れている。

 

いずれも人類が初めて経験する自然破壊である。有機水銀や放射線は毒を防ぐとされた母体の胎盤を通過し、核燃料のゴミやダムの堆積土砂の処理方法はない。

 

さらに、ダムの土砂堆積は海岸浸食を招くとともに、川の生態系を破壊し続けている。

 

そして、深刻なことに、それを起こしている近代人は、かつてのように明確な敵として立ち現れるのではなく、緒方正人さんが苦悶しながらずっと指摘し続けてきたように、加害と被害の渦巻くわれわれ自身の中に矛盾するままに存在しているのである。

 

「魂が還りたがっている場所」は、映画『阿賀に生きる』の中だけで、もはや現実には存在しえないのか?

 

せめて「魂が還りたがる場所」へのベクトルだけは堅持したいものであるが、そのベクトルの立ち位置は砂上の楼閣でしかない。

 

大熊 孝(映画『阿賀に生きる』製作委員会代表)

 

 

出典「ごんすい137号」、一般財団法人水俣病センター相思社掲載許可

 

*三人委員会哲学塾:哲学者・内山節、環境倫理学・鬼頭秀一、河川工学・大熊孝が1997年から掛川、飯山、新潟、片品、清里などで開催してきた哲学塾。水俣哲学塾は相思社の永野三智さんが中心となって企画・運営してくれた。

 

通船川(阿賀野川古道)でカヌー遊びができることを知っていますか?

はじめに

 

大分前のことであるが、1992年8月1日~2日に第8回水郷水都全国会議が新潟で行われた。当時、当会は「新潟の水辺を考える会」と称していたが、この大会を開催するにあたって全面的に協力して、盛会裏に終えることができた。

 

その第30回大会が2014年12月6日、7日に広島大学で行われる。この第2分科会「伝える・つなげる:環境教育・エコツーリズム・環境市民活動など」で通船川での活動について発表する。その原稿を掲載しておく。

 

 

通船川とは?

 

阿賀野川はかつて信濃川に河口付近で合流していたが、1731年に阿賀野川が今のように直接日本海に流れるようになり、その残った河道が通船川と呼ばれている。通船川は舟運が盛んで、1878年には探検家のイザべラ・バード(1831‐1904)が通ったという記録もあり、昭和初期には外輪船が走っていた。流域面積は約16.85km2、流路延長は約8.kmである。

 

通船川と河口の森の位置

通船川と河口の森の位置

 

1964年の新潟地震で、地盤の液状化現象などで通船川の堤防が壊れ、津波による被害が出た。その復旧では、堤防を築かず、阿賀野川と信濃川の流入口と流出口に水門・閘門と排水機場を設置して、水面標高をT.P.-1.65mに設定した、いわゆる低水路方式が採用された。日本海の海面はおおむねT.P.+0.5 mであるので、その水位差は2m以上ある。1970年代は、水質が悪化し、全国でワースト5にまでなった川だった。その後、浄化用水の導入や下水道の整備で水質が徐々に改善され、2004年1月には環境基準がE類型からD類型(BOD8mm/l)に改訂された。

 

 

通船川が高校カヌー部の練習場になる

 

カヌーでの親水活動

カヌーでの親水活動

 

新潟市立万代高校には端艇部があり、国体などのカヌー競技に出場している。その練習を信濃川や郊外の新川などで行っていたが、学校の近くで練習したいということで、2008年から通船川の河口の森(図参照)付近で練習を始めた。また、NPO新潟水辺の会(以下水辺の会)も、舟による通船川の清掃活動を行うとともに、親水活動の一環として定期的にカヌー遊びを開始していた。

 

舟小屋建設前の駐車場

舟小屋建設前の駐車場

 

ソーラ電力の照明灯

ソーラ電力の照明灯

 

そうした状況下で、新潟県新潟地域振興局新潟地域整備部によって、親水機能を目的として、写真の桟橋が2010年3月に整備された。さらに、2013年3月に駐車場の舗装整備が、2013年3月と9月にソーラーによる照明灯2基が設置された。こうした整備によってカヌーの練習がし易くなったが、万代高校の生徒達は元の艇庫から桟橋まで数百mの距離をカヌーを担いでこなければならなかった。水辺の会としても、船外機付きボートやカヌーを数艇所有しており、その置き場に困っていた。舟小屋を作りたいが、そのためにはまず河川敷の占用許可を得る必要があった。

 

 

河川敷の占用と募金による舟小屋の建設

 

河川敷の占用主体は、従来、公益的な観点から公的な機関が原則であったが、2004年から国交省は特例措置として民間にも占用許可を出してきた。これを2011年から地域での合意が得られるなら一般化するということになった。新潟では、2012年2月新潟地域河川敷地利用調整協議会が開かれ、その後の調整の結果、2013年3月に通船川河川敷の占用許可が受けられるようになり(新潟県報第22号・平成25年3月19日発行)、水辺の会が占用許可を取り、河口の森に舟小屋建設が可能となった。

 

万代高校吹奏楽部演奏でのオープニング

万代高校吹奏楽部演奏でのオープニング

 

舟小屋の外壁に設置した寄付者銘板

舟小屋の外壁に設置した寄付者銘板

 

そこで、2013年9月から舟小屋建設の資金を募金で集めることにした。2014年3月までに、121人から約240万円の寄付があり、舟小屋を建設することができた。竣工式は、4月12日に神式の安全祈願をはじめとし、関係者の挨拶、万代高校吹奏楽部の祝賀演奏など、楽しく行われた。寄付者に感謝の意を表するために、希望しない者は除き、写真のように寄付者銘板を設置した。舟小屋は万代高校と新潟水辺の会が共同で使うことにした。

 

新潟市が設置してくれたトイレ

新潟市が設置してくれたトイレ

 

 

舟小屋とトイレの位置関係

舟小屋とトイレの位置関係

 

もう一つ困ったことがあった。それはトイレが近くにないことであった。その状況に新潟市が反応してくれて、写真のようなトイレが2014年8月に設置されたのであった。このトイレ掃除は水辺の会が新潟市から依頼を受け行っているが、万代高校端艇部の部員にも手伝ってもらっている。

 

 

カヌー教室への展開

 

新潟県、新潟市、民間の協働よって、カヌーを恒常的に楽しめる空間が構築された。2015年夏期には、新潟水辺の会としては万代高校OBなどの協力を得ながら市民向けのカヌー教室を開催する予定である。このカヌー教室は、基礎から阿賀野川、信濃川などへの遠征を含め、水辺の楽しさが身体に浸み込むように数回行い、いわゆる「川ガキ」を数多く育成することを目的としたい。

 

カヌー増艇にむけた寄付をお願いするチラシ(画像をクリックするとPDFファイルがダウンロードできます)

カヌー増艇にむけた寄付をお願いするチラシ(画像をクリックするとPDFファイルがダウンロードできます)

なお現在、カヌーを増艇するために、またもやカヌー寄贈をお願いするキャンペーンを行っている。

 

 

【リンク】

水郷水都全国会議東広島大会の案内

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