「越後平野の暮らしと舟-つくる・語る・受けつぐ」のお知らせ

アメリカ在住の舟大工ダグラス・ブルック氏による本漁船(和船)の公開制作と、同氏の講演・ゲストを招いてのパネルディスカッションによるシンポジウムのお知らせです。

チラシ(PDF)をダウンロードする。

【開催趣旨】

かつて地図にない湖といわれた越後平野の田園地帯。そこは、人々の日々の暮らしの中に舟がある世界だった。水田稲作には農家が家ごとに所有する農業用の舟が多用された。コメづくりと舟とは「舟農業」といわれるほどに密接だった。漁業、輸送業など、多くの産業でも大小の舟が盛んに用いられていた。

今回の企画では、現在も現役で木造船の制作・修理を行っている新潟市最後の船大工・中川仲一氏の監修により、アメリカ人船大工・研究家のダグラス・ブルック氏が木造船の公開制作を行う。併せて船大工・研究者によるシンポジウムで往時の様子や船の特徴について理解を深める。和船の造船技術の記録・保存・継承という意味合いだけでなく、身近なものとして生活に欠かせなかった越後平野の舟の記憶を、「つくる」・「語る」ことを通して、今後に引き継いでいく機会にしたい。

【主催】

荒川洋子(当会会員)

【企画運営協力】

キガタヤ・プロジェクト

【後援・協力】

特定非営利活動法人新潟水辺の会、和船ネットワーク

【助成】

(公財)新潟市芸術文化振興財団

【ホンリョウセンの公開制作・進水式】

新潟の川や潟などで使われていた「ホンリョウセン」を製作します。
会場 中川造船鉄工所(新潟市秋葉区荻島 1-18-20)
監修 中川 仲一氏(中川造船鉄工所会長・船大工)
公開日時 10/27(日)・10/30(水)・11/1(金)14:00から16:00
進水式 11/2(土)14:00予定
製作・進水式の見学は申込不要です。

【シンポジウム】

日時:2019年11月3日(日・祝)13:00~16:00

会場:キガタヤ(旧荒川木型工場)(新潟市東区山木戸7-2-58

参加費:1,000円

申込締切:2019年11月1日(金)

申し込み:申し込みフォームよりお申し込みください。

申し込みフォームを開く

お問い合わせ:kigatayaproject@gmail.com

 

基調講演(45分):ダグラス・ブルックス氏「新潟の和船との出会いとその魅力」

シンポジウム(120分):「越後平野の舟をめぐって」

コーディネーター:岩野 邦康氏(新津鉄道資料館学芸員)

パネリスト:中川 仲一氏(舟大工)、広瀬 直樹氏(氷見市立博物館主任学芸員)、ダグラス・ブルックス氏(舟大工)

 

■出演者プロフィール

■ダグラス・ブルックス Douglas Brooks氏・・・基調講演・パネリスト・和船公開制作   

1960年アメリカコネティカット州生まれ バーモント州在住。

大学卒業後、サンフランシスコ国立海洋博物館の専属船大工を務める。大学時代の友人に誘われて1990年に初来日。1996年たらい舟の技術を習得して以来、日本各地の和船技術の習得・記録に努める。2002年新潟市を訪問。新潟市・阿賀野川流域の川船を視察。2002年新潟県立歴史博物館にて「復活!!たらい舟-消えゆく技術の継承-」展・公開制作。http://nbz.or.jp/?p=2401

「佐渡のたらい舟―職人の技法―」(財団法人鼓童文化財団、2003)、「Japanese Wooden Boatbuilding」(Floating World Editions, Monroe, 2015)など著書多数。

 

■中川 仲一(なかがわ なかいち)氏・・・パネリスト・和船公開制作監修 

1937 年新潟市生まれ 中川造船鉄工所会長・船大工。父の家業を継ぎ、終戦後から1960年代にかけて農業で使う多くの種類の和船及び川船を製作。その後、造船所は鉄造のコウレンボウを作ることになるが、依頼を受けて現在も「板合わせ」などの木造の和船等の製造・修理を行う。新潟市で現在も和船を作ることができる唯一の船大工。

 

■廣瀬 直樹(ひろせ なおき)氏・・・シンポジウム・パネリスト

1977年富山県富山市生まれ。氷見市立博物館主任学芸員。専門は考古学、民具学。平成15年、氷見市立博物館の学芸員と市内の船大工番匠光昭さんとで和船建造技術を後世に伝える会を設立。以来、富山県を中心に、日本海沿岸地域の和船および造船技術の調査に携わる。平成23年、「富山の和船~富山湾沿岸地域とその周辺の海船・川舟~」で日本民具学会第25回研究奨励賞を受賞。

 

■岩野 邦康(いわの くにやす)・・・シンポジウム・コーディネーター

1971年金沢市(石川県)生まれ。民俗担当の学芸員として新潟市歴史博物館、新津鉄道資料館に勤務。低湿地の生業、農業機械の導入、鉄道の開業と旅客貨物輸送の変化などについて調査研究を行う。新潟市歴史博物館の『舟と船大工―湊町新潟を支えた木造和船―』展(2007)、『蒲原平野の20世紀―水と土の近代』展(2009)を担当。

天童の水便り―17

山形県・天童市で農業を営む会員の須藤敏彦さんから「天童の水便り 17」が届きました。

さくらんぼのイメージ

今回は私の短歌を紹介いたします。2017年1月から12月より。歌誌「山麓」からです。

 

2017年1月から3月より

1. 天童にイバラトミヨの生息す氷河期からの生きた化石が

2. 刈田には杭掛け見えず稲刈りはどこの家でもコンバイン頼み

3. 乱川の浅瀬に足入れ魚掴む大きな石に潜むハヤたち

4. 部屋に入ればそれとしわかる刺激臭本棚の下に潜むカメムシ

5. 水泳の得意なりしわれ潜水のまま片道ターンし拍手を受けき

6. 里山と畑の界に猿の群れたわわなる柿を食料とする

7. 稲刈りの合間合間の蝗採り手早き母をわれは目で追う

8. 渋柿を軒下に吊るしひたすらに甘き干柿となるを待ちわぶ

10. 乱川の不連続なる霞提に急勾配での水害防ぎぬ

11. 乱川の自然プールで平泳ぎ初めて泳げうれしかりにき

12. 桜桃の雨除けテント広げしに八メートルの高さに震えり

13. 原崎を開墾せしも水はなく大規模溜池造りあげたり

 

2017年4月から6月より

14. 里山の峰の岩場のかた雪を融かして水とす春の陽射しは

15. 最上川の大久保にある遊水地水田地帯の洪水防ぐ

16. 堤防を散策しおれば野苺を発見したり食めば甘しも

17. 五月四日堰上げ終了し大堰に水満々と流れゆくなり

18. 果樹園にかもしか一頭現れて吾を恐れず悠然と去る

19. 河川敷の笹竹探して入りし藪はけご一杯が今日の収穫

20. 二メートル超す深さある乱川の底石を友持ち帰りにき

21. 乱川で石投げ遊びサイドスローで水面を跳ねる数を競いき

 

2017年7月から9月より

22. 乱川の三角岩より飛び込みて小学生ら距離競いおり

23. 乱川は増水の度流れ変え中州の位置も移動なしおり

24. 留山のダム上流の水涸れぬ不動の滝のいかになりしや

25. 水田に用水入れて代掻くに満ちたる水の眩しく光る

26. 大浴場の排水口に巻く渦の左巻きにて台風に似る

27. 露天風呂の眼下に見ゆる最上川置賜の水の全てを集む

28. 小国川のダム反対を唱えしも漁業権更新ならずに敗ける

 

2017年10月から12月より

29. 最上川の碁点の流れ渦巻きて難所の浅瀬つぶさにわかる

30. 裏畑の被害は猪のみならず狸まで来てお手上げの母

31. 里山の頂上におわす稲荷様例大祭の朝鉦ひびく

32. 台風の豪雨案ずるにルートはずれ農家安堵し桃もぎ急ぐ

33. 養蚕を生業とせし我が家に幼きわれも日々桑つみき

34. 幼き日里山に太き蔓探しターザンごっこに一日遊びき

35. 畦ごとに露草繁り可憐なる花に「ごめん」と言いて刈りたり

36. 大久保桃の箱詰作業始まれば芳しき匂納屋に充ちたり

37. 堤防を散策しおれば桃色の夏水仙は水辺にゆらぐ

38. 雑草といえども旨き滑ひゆ正月に食するわが家の慣い

天童の水便り―16

山形県・天童市で農業を営む会員の須藤敏彦さんから「天童の水便り」が届きました。

 

斉藤 茂吉 「白き山」より

前号に引き続き、斉藤 茂吉(1882-1953)の「白き山」の続きです。

79 最上川にごりみなぎるいきほひを まぼろしに見て冬ごもりけり
80 つつましきものにもあるかけむごと 最上川に降る三月のあめ
81 最上川ながれの岸に黒どりの 鴉は啼きてはや春は来る

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国道347号 北西側 冬の地吹雪対策用の柵 2016.3.15撮影

「東雲」より

82 最上川雪を浮ぶるきびしさを来りて見たりきさらぎなれば
83 なげかひを今夜はやめむ最上川の 石といえども常ならなくに

「昼と夜」より
84 最上川のなぎさに近くゐたりけり われのそがひはうちつづく雪
85 瑠璃いろに光る昆虫いづるまで 最上川べの春たけむとす
86 われに近く常にうごめきてゐたりけり 川にひたれる銀のやなぎの花
87 わがまへにさかまきてをる最上川 そのあかきみづの音ぞきこゆる
「あかきみづ」は雪解け水であろう。あの広い川幅いっぱいに
ものすごい音をたてて流れゆく。橋脚を巻いてうずまくさまは
壮観であった。(「白き山 研究」 斉藤茂吉記念館編より)

88 うちわたしいまだも雪の消えのこる 最上川べに燕ひるがへる

「辺土独吟 大石田」より
89 最上川の鯉もねむらむ冬さむき 真夜中にしてものおもひけり
90 はるかなる源をもつ最上川 波にたかぶりていま海に入る
91 最上川海に入らむと風をいたみ うなじほの浪とまじはる音す
92 水面はわが顔と触るるばかりにて 最上川べの雪解けけむとす

「四月」より
93 残雪も低くなりたる最上川 上空のくもりのなかに雲雀が啼きて

「雪解の水」より

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大石田上流 長島 2016.3.15撮影

94 両岸をついに浸してあらそばず 最上川のみずひたぶる流る
95 わが心今かおちゐむ最上川 にぶき光のただよふ見れば
96 最上川大みづとなりみなぎるに デルタのあたまが少し見え居り
97 濁水に浮び来りて速し速し この大き河にしたがへるもの
98 最上川五月のみづをよろしみと 岸べの道に足をとどめつ
「洪水」より
99 平明に膨張をする最上がは 対岸の雪すでにひたしぬ
100 最上川の洪水うへを浮動して 来るものあり海まで行くか
101 下河原に水はつきたり浸りたる 残雪のうへに渦の音きこゆ
102 最上川ふくるるを見つ窄きて来しゴムの長靴岸にひたして
103 最上川の洪水みれば膨れつつ 行方も知らぬそのおどろかさ
104 大きなる流動をわがまへにして ここ去りゆかむことをおもへり
105 水ひきあとの砂地に生けるもの 居りとも見えず物ぬくみけり
106 南よりうねりて来る最上川 川の彼岸にうぐひす啼くも
「彼岸」のルビは ヒガンですが、前述のとおり
かのきし (対岸)とかけている
「樹薩山房」より(5月5日哀草果宅)
107 哀草果も五十五歳になりたりと 朝川のべにわれひとりごつ
本沢村 にて(5月6日)
108 最上川べに帰りてゆかば しばしばも君をたづねむ吾ならなくに
「胡桃の花」より
109 この川の岸をうづむる蓬生は 高々となりて春ゆかむとす
110 河鹿鳴くおぼろげ川の水上に わが居るときに日はかたぶきぬ

最上川右支川 最上小国川  20154.27撮影

最上川右支川 最上小国川  20154.27撮影

「猿羽根峠」より
111 おのづから北へむかはむ最上川 大きくうねるわが眼下に
112 舟形にくだり来れば小国川 ながれの岸にねむりもよほす
113 小国川宮城ざかひゆ流れきて 川瀬川瀬に河鹿鳴かしむ
「横手」より(6月14日)
114 城山をくだり来りて川の瀬に あまたの河鹿聞けば楽しも
「晩夏」より
115 最上川あかくにごれるきのふけふ 岸べの道をわが歩みをり
「次年子」より
116 分水嶺われ等過ぎつつおもひけり 東のながれと西のながれと

話は飛びますが茂吉以外の俳句をみてみます。

芭蕉(1644-1694)の最上川の俳句をみてみると
五月雨を あつめて早し最上川
風の香も 南に近し 最上川
暑き日を 海にいれたり 最上川
(茂吉短歌 表現考 高橋宗伸著より)
正岡子規(1867-1902)では
旅人や 秋立つ舟の 最上川
瀬の音や 霧に明け行く 最上川
ずんずんと 夏を流すや 最上川
(茂吉短歌 表現考 高橋宗伸著より)

いずれの句も、最上川を結句としています。
その点で茂吉の歌は、最上川を自在に扱い表現しています。
俳句と短歌の違いでしょうか。

 

※天童の水だよりのバックナンバーはこちらでご覧いただけます。

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